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―― 制作工程という“道”しむうえで ぜひともえるべき条件は何か ――

この問題を “道具” を 吟味することで 少し探究してみたいと思います。


取り上げるのは 主に “刃物” と “砥石” と “漆刷毛” ですが

その他にも 一般的な大工道具や 鎌倉彫で使う特殊な道具(ブラシやヤスリ、篩、艶出し粉など)について 

できるだけ触れてゆきたいと思っています。


 道具は つくり手の身心の一部。 自分の底力を 作品に注ぎ込んでくれる“架け橋” です。


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      その1:入門時からの古い付き合い――プロローグに代えてーー

           下の写真は、講師が入門当初から愛用している道具達です。

           講師が31年来愛用し続ける道具達(短刃・漆刷毛・砥石・彫刻刀・切り出し小刀)

     

 写真の道具の紹介をしますと――
 
■まず一番上の大型の刃物が、塗師刀(ぬしとう)塗師包丁(ぬしぼうちょう)塗師屋小刀(ぬしやこがたな)、短刃(たんば)
 などと呼ばれる大型の刃物で、刷毛を切りだしたり、ヘラを削ったりするときに用います。 
 刃渡りは6寸(18センチ強)、刃幅は1寸弱。 柄と鞘は、朴材で自作しました。
 柄と鞘は割れてくると困るので、麻布や寒冷紗を巻き、漆で固めてあります。  
 3年ほど前、生漆と黒中を何度も塗り重ねて、根来(ねごろ)のぼかし塗りふうに仕上げました
 柄と鞘の合わせ目のところは、黒い乾漆粉(※乾いた漆の塗膜を粉状に粉砕したもの)を蒔いて補強してあります。
 いちおう在銘ですが、刻印がはっきりせず “長之?” と読めます。 たぶん越後か三木の産だと思います。
 刀身の厚みが薄く、力を入れるとちょっと反り身になる感じがあり、
 そのせいで刃裏を出すのがやや面倒ですが、私的にはすごく使いやすいです。 
 31年使っているのに刃が減っていません。
 仕事をサボっていると思われそうですが、実はすごく刃持ちが良いのです。


■塗師包丁の下の左端には、漆刷毛が二枚あります。
 広重
(ひろしげ)
製の漆刷毛で、“特選”というグレードのものでした。
 当時の広重(:漆刷毛師 九世 泉清吉さんが1975年ころに創始した銘柄)は、
 上位から順に「大極上、特選、赤毛」と3つのグレードがあり、
 そのミドルグレードの“本通し刷毛”(:頭からお尻まで切れ目の無い毛髪が仕込んである刷毛)ということになります。
 
 サイズは、細い方が幅五分(約1.5センチ)、広い方が幅一寸五分(約4.5センチ)です。 
 写真の刷毛にも、養生のために布を巻いて、漆塗りしてあります。 
 こうすると、刷毛板の剥がれ・割れ止めになるだけでなく、
 刷毛板に付着した“菜種油”(:刷毛を洗う時に使う油。漆を乾かなくする働きがあり、取り扱い注意!)などの異物を、
 見つけやすく拭き取りやすく、またウン十年単位の長期の酷使に耐えやすくなります。
 私の場合、用途やグレードに応じて、刷毛板に塗る漆の色を分類して使っています。
 1寸5分はだいぶ減りましたが、“本通し”仕上げで最後まで使えますので、まだまだお世話になれそうです。
 ちなみに、漆刷毛は女性の毛髪を漆で加工して製造されます。 粗末に扱うと、運が落ちそうです。


■刷毛の右側にあるのは、京都天然砥石(グレーの大きい方)と三河白名倉(白い小さい方)です。
 ◎京都天然砥石は、八十切り型(180×63ミリ)の“やや幅広”サイズ。 
 彫刻刀向きの大きさで、銘柄は確か“本鳴滝”でした。
 後日、京都の砥石業者に聞いたところ、
 『“鳴滝地区の採掘場”は、明治・大正〜第2次大戦頃まで、軍刀を研ぐ軟質の石を産出した時期があるが、
 その後はだんだん廃れて、もう50年以上採掘していない』とのこと。 
 鳴滝向田あたりは、ちょんまげ時代には菖蒲谷と並んで刀剣用の“内曇り砥”を産出した区域だそうですが、
 どうも私がもっている石が真正の“本鳴滝産”である可能性は、限りなく低そうです。
 一昔前の天然砥石の業界では、
 “新産地の砥石に旧産地の有名銘柄をくっつけて売ってしまう”
 という販売方法が一般的だったようで(:大村砥、沼田砥などがその代表例)、
 今どきなら“産地偽装”でお縄になりそうな商売がまかり通っていました。
 というわけで、この石のほんとうの生れ故郷は不詳ですが、
 “コノドント”(※カンブリア紀〜三畳紀の海成層に含まれる示準化石。1ミリ前後の謎の微生物で、カルシウム質の骨格をもっています)
  
と呼ばれる黒いゴマ斑(ふ)がたくさん入っていて、とにかく研磨力抜群!! 
 メッシュはシャプトン“刃の黒幕シリーズ”で換算して、約5000〜6000番くらい。 
 力を入れて研ぐと“地金を引く(=刃物に線状の引き傷が入る)”ので、名倉の使用が必須のタイプです。 
 また、写真では分かりませんが、側面は黒漆を塗って養生してあります。
 養生しないと、天然砥石は“経年劣化”でひび割れしやすいのです。


 天然砥の上に乗っているのは、愛知県北設楽郡の三河白名倉(みかわしろなぐら)(通称:ミカワジロ)です。
 三河白名倉には、コマ、目白、ボタン、八重ボタン、天上、アツ、バンなどの採掘層があり、
 層によって特徴と用途が異なります。
 この石は訓練校では「たぶんボタンだろう」といわれていましたが、
 私の感じでは「キメの粗い目白かな」とひそかに推測しています。
 三河白名倉は、凝灰岩系の砥石で、日本刀などの硬質な大型刃物や和剃刀の研磨に威力を発揮します。
 また、京都天然砥石(粘板岩系)の硬質なタイプの石とも相性が良く、
 “地金を引く”現象を大幅に緩和し、刃付けを早め、砥ぎ味を滑らかにします。
 漆芸では、この石を使って、お盆の裏などの平面の“下地研ぎ”の仕上げを行います。
 滑らかな、非常に精細な研ぎ肌に仕上がります。

■砥石の右隣に刃物が三つあります。
 左から三分の右小刀(こがたな)三分五厘の右小刀、そして右用の切り出し小刀です。
 ◎右小刀がなぜ二本あるのか記憶が定かでないですが、
 3分5厘(約1.05センチ幅)は“研ぎ”と“薬研彫り”(※断面がV字型をした線彫り)の練習に使い、
 3分(約9ミリ幅)の方は実習先の工房での塗り作業時に使っていたと思います。
 柄は、3分5厘が朴材で既製品。3分のほうはヒノキ材で自作です。


 3分5厘の朴材の柄は、31年の経年使用で、蝋引きみたいな不思議な手触りになっています。
 また、この3分5厘は、入門時に砥ぎまくったので、かなり短くなっています。
 少しづつ柄を切り出しながら練習した結果、入門して半年目くらいで22〜23pあった全長が15p程になり、
 刃裏に“宗意(もとい)”という銘の刻印が出てきて使用不能になりました。
 その後もなんとなく捨てられず、道具箱にしまって持っていましたが、
 おととしの秋にふと思いついてさらに1センチほど砥ぎこみ、銘を砥ぎ下ろして、今なお愛用中です。
 “ケチ”と言われればそれまでですが、まぁ、古い戦友みたいなもので、あだやおろそかには扱えないのです。


 3分は柄を自作して、鮎型のウェーブをつけ、漆を塗ってあります。
 こちらは刀身を深めに仕込んだせいか、いまのところ銘が出てくる気配はありません。


 彫刻刀の柄は、通常は白木地のままで使い、漆を塗りません。
 その方が手元が滑りにくく、気軽に切り出しやすく、何かと扱いやすいからです。
 しかし、京都の仏師様の中には刀の柄をカシューや截金で塗装装飾して使うご一門があり、
 私もそのまねをして漆を拭き込んでみたところ・・・けっこう調子が良いのです!
 以前にどこかの工房の先輩から、
 『道具の柄を漆でつるつるにすると、仕事をしながらその日の身心の調子をチェックできる』
 と言われ、その時は何のことかわからなかったのですが、実際にやってみると、
 調子のよい時は、手元が汗で滑らない!のです。
 “なるほど〜、あの先輩はこのことを言っていたのか〜、深いな〜・・・”
 ・・・というわけで、
 今では手持ちの彫刻刀約230本は、叩き鑿を除いて、みんな“拭き漆の柄”になってます。
 拭き漆の柄にしてからは、柄を切り出したときに刀身が錆びていることもなくなり、
 手元が滑って体調がイマイチの時は、重神経労働を控えるようにコントロールできるので、
 失敗率がやや減少したように思います。(単なる思い込みかもしれませんけど・・・)
 見た目もきれいで、手触りも良く、仕事場に入って彫刻刀を使うのが楽しみになりました。
 仕事中も、脳内麻薬が多めに分泌されている気がします。


 柄に名前がでかでかと彫ってあるのは、薬研彫りがちょこっと出来るようになって、嬉しくてしようがなくて、
 あちこちに名前を彫りまくったときの残骸です。
 今もそうですが、あの頃も絶好調のお馬鹿さんでした〜♪
 まぁ、これだけはっきりと所有権を主張しておけば、誰かに間違って持って行かれることだけはなさそうですけどね。。


◎彫刻刀の右横にあるのが切り出し小刀です。
 彫刻刀を切り出したり、竹ベラを調整たり、小型の檜ベラを削ったり・・・とにかくいろいろに使います。
 銘は“梅心子(ばいしんし)”――越後三条の刀鍛冶の伝統を受け継ぐ由緒ある鍛冶屋さんの仕事です。
 が、この切り出しは残念ながら鍛冶屋さんによる鍛造品ではなく、
 ヤスキの工場で地金と鋼を鍛接した既成品のもようです。。。
 柄の部分はタコ糸を好きなだけ巻いて、透明系のカシュー漆で固めてあります。
 こうすると、刀身が砥ぎ減ってきた時に、タコ糸を少しづつはずして行けるので、便利です。
 でもこの研ぎ減り具合だと、死ぬまで使っても、タコ糸までたどりつかずにすみそうです。
 (なんだか淋しい…)
 鞘は牛皮とダンボールと糸で自作しました。


 ※ここでは紹介しきれませんでしたが、上記の他にも  
 ・鉋一台  ・豆鉋1台  ・前鉋一丁 ・舟手金槌(裏出し用) ・コクソ用の竹箆材料  ・檜箆材料  
 ・キングデラックス♯1200(人造の中砥石) ・三分左小刀 ・二分右小刀 ・一分左小刀 ・一分右小刀 ・三分浅丸刀 
 ・三分五厘極浅丸刀 ・五厘平刀 ・一分平刀 ・二分平刀 ・三分平刀 ・三分五厘平刀 ・一分丸刀 ・二分丸刀
 などが、入門当初からの古い道具として、今も手元に残っています。
 記憶が曖昧ですが、そのうちのいくつかの道具は“鎌倉彫高等職業訓練校”から支給されたものだったと思います。 
 往時の訓練校は公的な助成を受けた“職人養成所”だったので、授業料は全額免除。
 教習課程に関わる材料・道具代も基本的にフリープライスでした。(ラッキー♪) 
 ただし、私の入学当時で競争率三倍弱の入学試験(筆記と鉛筆デッサンと面接)があり、
 在学中は学校内教習以外に指定工房先での訓練実習が制度化されていました。
 また、卒業したらどこかの工房に就職するのが就学の条件でした


                 

 以上、ご紹介した道具は、どれも31年越しの付き合いで、
 考えてみれば、かみさんよりも一つ部屋にいる時間がずっと長い“旧友”です。
 ほったらかせば、どんどん劣化して使い物にならなくなりますが、
 気を使って手入れをすると、見違えるような働きをしてくれます。 
 ただの板きれが制作を通じて“かけがえのない作品”に成長して行くように、
 道具もまた使いこむことによって、“一心同体の相棒”に変貌するのです。
 この辺のプロセスは、「そんなのあたりまえだ」と言ってしまえばそれまでですが、
 よくよく考えると、ヒトとモノとの“不思議な絆の力学”を示唆しているようで、
 なかなか興味深いです。。。   


 
 入門して間もないころ、年季の入った親方や職人が、
 木地や漆や彫刻刀や箆や刷毛を意のままに使いこなすのを見て、
 「どうしたら、そんなふうにできるんですか?」と質問したことがあります。
 かえってきた返事は、
 「まぁ…年季かな」
 というのと、
 「生きもの扱いしてやることかな…」
 でした。
 “生きものあつかい”する相手とは、もちろん“素材”と“道具”のことです。
 そのときは、いまひとつ意味が呑み込めませんでしたが、
 最近になってその感じが、少しづつですが、実感できるような気がしてきました。


 “物”には意志も感情も無い・・・というのが現代の唯物論的な合理精神の常識です。


 が、例えば植物に電極を取り付けて(心電図を拾うように)ポリグラフを観察すると、
 その植物に害意をもつ人物が傍にいる時と、好意をもつ人間が傍にいる時とで、
 針の振れ方がまったく違うそうです。(:クリーブ・バクスター著『植物は気づいている』)
 また、二つのガラス瓶に水を入れて、
 一方には肯定的な言葉(ありがとう、大好き、等)を書いた紙を貼り、
 他方には否定的な言葉(ばかやろう、大きらい、等)を書いた紙を貼って、
 数日置いた後でその水を凍らせて結晶を観察すると、
 前者は美しく結晶し、後者はボロボロの結晶になるそうです。
 (江本勝氏の研究:“トンデモ系のオカルト研究だ!”との批判も多いようですが・・・)

 う〜むむむ・・・どちらもにわかには信じがたい話ですが・・・
 『人が住まなくなると、家は猛スピードで劣化する』
 『家電製品が次々と壊れるのは、そのオーナーが体調不良の時だ』
 ・・・などなどの今どきの俚諺も考え合わせると、あながち全否定できないような気がしてきます。
 そして、もしこれらが本当なら、
 動・植物と鉱物と水分の合成果で、いつも人間に寄り添う“道具”にも、
 『人間の身心の状態に敏感に反応する“潜在意識のようなもの”があるのでは・・・?』
 と考えたくなります。

 上記のような曖昧な事例をひとまず脇に置くとしても、
 職人的な実感としては、自慢の道具を自由自在に使いこなす名人達人の妙技をみると、
 『使い手とその道具が眼に見えない絆でつながって、一心同体で仕事を成し遂げようとしている』
 と、素直にそう感じます。
 ことに、その同じ道具を、同じくらい年季の入った別の職人が自分用に調整して使おうとしても
 ――絆が結ばれないうちは――道具がてんで言うことをきかないのを()のあたりにしたりすると、
 『・・・たぶん、きっと、道具が人を選んでいるんだ・・・』と考えずにはいられません。。。


 これに似た一例と言えるかどうか分かりませんが、むかしの職人のことわざに、
 『(かかあ)貸しても石貸すな』
 というのがあります。
 このことわざが生まれた頃の職人長屋は、いろんな意味でおおらかなもので、
 「今度生まれたうちの子は、なんだか隣の源さんに生き写しだが・・・、
 ま、いいか、おいらの子ってことにして育てようか」
 というような場合がままあったらしいです。
 しかし、そんなおおらかな職人同士の間柄でも、 
 砥石のような大工道具の貸し借りだけは絶対するな、という鉄則があったのです。
 砥石は口がきけませんが、注意深く観察すると、
 “使い手を品定めして選んでいる”フシがあり、なかなか気が抜けません。
 『こいつの研ぎはなってねぇなぁ…こんな塩梅じゃ、おいらの底力を出せねぇじゃないか。
  まったく、もう、いらいらするなぁ!』
 ・・・というぐあいに、石が職人を評価するのです。
 そんなところに、“いい塩梅に石を扱う職人”が現れてその砥石を借りて行きます。
 塩梅加減が奏功して両者の息がぴったりと合ったら――、
 その石は、十中八九、もとの持ち主の手元には帰ってきません。 
 “石には足が無いから”ではなく、“石が新しい借り手をトリコにしてしまう”からです。
 元の貸し主が、力づくで取り返そうとすれば、
 石の魔性が全開になって、痴話喧嘩よりもたいへんなことになったことでしょう。
 最悪の場合、大事な砥石が粉々になってしまうこともあっただろうと推測します。


 また、仕上げ用の天然砥石のことを“合わせ砥”といいますが、
 ご年配の砥石屋さんの話によると、これも、『砥石様に合わせて研ぐべし』
 という含みのある呼び名だそうです。 
 つまり、この呼び名には、
 『研ぐ砥石の“砥面(とづら)”と、研がれる刃物の“研磨面”とを、
 吸いつくようにぴったりと“合わせる”ことが出来たときに、
 その砥石のほんとうの性能が全開になりますよ』
 というメッセージが込められている、というのです。
 しかしその様に研ぐには、研ぎ手は、石と刃物の性質や相性をよく理解し、
 必要に応じて“名倉”“(とも)名倉”などを使いながら、
 力の入れ具合や水加減、ストロークの長短、切り刃や刃渡り線の角度などなどを、
 自分なりにいろいろ試行錯誤して工夫せねばなりません。
 この工夫はそれなりの我慢の要ることで、いつもの調子でちょこちょこっと研いで、
 「なんだ、この砥石は! まったく研ぎにくい石だな!」と短気を起こして放り出すようでは、
 その石のほんとうの性能を引き出せないことになります。
 つまり、
 人間である使い手が“我”を折って、道具である“砥石様”の家来になって、
 気を合わせて“お仕えする”ような姿勢が必要
なわけで、
 そういう謙虚なアプローチが砥石様に通じた時に、初めて砥石様が上機嫌になって、
 “人石一如”の研ぎ仕事が実現する・・・ということらしいです。
 (砥石屋の親爺さんはそう言いますが・・・どうしようもない“極道石”に当たっちゃうこともあると思います・・・)


 上記はいずれも、職人独特の“道具本位のものの見方”ですが、
 この見方に沿って考えると、『弘法は筆を選ばず』ということわざも、
 その真意は『筆こぞりて弘法を選ぶなり』、
 
――『弘法様が自分から選ばなくても、すべての筆が(こぞ)って弘法様を選んでくる』――
 ということかもしれない・・・と思えてきます。

 つまり、弘法様がおでましになった途端に、ありとあらゆる筆という筆が、
 『どうか私を使ってください』『どうか私をほんとうの筆にして下さい』と身を乗り出してくる
 ――というほどの意味に思われるのです。

 そしてそのリクエストにこたえて、弘法様はどんな筆でも適切に調整し、
 適材適所に使い分けて、最後には竹箆やお庭の箒にも筆としての生命を吹き込まれます。。。
 もしも私が筆だったら、
 「朽ち果てるまでに、一度は弘法様に使ってほしい」
 と祈り、願うような気がします。
 “生きもの扱い”してもらえそうだからです。



 道具や素材から「どうか私を使って下さい」と言ってもらえるような人間になれれば、
 誰の胸にも深くこたえる素晴らしい仕事が出来るに違いないと思います。
 しかし、そのためにはまず、道具や素材を“生きもの扱い”する深い愛情が必要そうです。
 道具や素材を生きものとして扱う――つまり理解して大切にする――とはどういうことか、
 これからぼちぼち考えて行きたいと思ってます。
  

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